定義如来 平貞能と平家落人の里




 
民間行事として、伝承される行事や祭りは、数々あるようですが時代と共に簡略化したり、消えていったのもあったようです。 生活基盤は林業であったり農耕であったりしますが、儀式には習慣や信仰が深く結びつき、又、貴族や武家の行事もまじり
奇習、奇祭となる例もあるようです。
義父の婚姻の初夜は付き人がいたと聞いております。
昭和になってもこのような儀式があったとは驚きました。
天皇か殿様ならわかりますが、まさか一般の習わしでもあったとは・・・・・・
流石に今は、無いようです。

信仰の面では「講」があります。
これは、どの地域でもあるわけですが、この地域独特の物もありますのでご紹介します。
「講」とは、「柳田国男」先生によると宗教上の目的を達成するために、信仰を同じくするものが寄り合って
結成している信仰集団。
このような性格をもつ宗教集団はその性質から大きく二つに分類することができる。
一つは、寺院、神社または宗派の教祖達が自らの教団拡張の為に檀徒、氏子などの信者たちを組織しその各団体に
それぞれ講という名を付している場合。
もう一つはこのような寺院宗派との結合は直接にはないけれども、村落の地域集団単位ごとに成立していちじるしく
地域社会の濃厚なものである。  と記している。

       

 おかねさま
白木地区または、北谷地などには、庚申信仰が残っている。
庚申(かのえさる:こうしん) または、庚申待(こうしんまち)というが、地元では「おかねさま」と呼んでいる行事です。

庚申の夜、仏家では帝釈天および青面金剛(しょうめんこんごう)神道では猿田彦を祀って寝ないで徹夜する習俗。
その夜眠ると人身中にいる三尸(さんし)が罪を上帝に告げるとも、命を縮めるとも云う。
中国の道教の守庚申に由来する禁忌で、平安時代に伝わり、江戸時代に盛行。
(庚申・庚申会・庚申祭・庚申待〔おさるまち〕などの呼び名も日本の各地域によってあるようです。

平安時代頃は、病気の原因は殆ど神の祟り、悪霊等のしわざとされていました。
ですから、悪疫が流れればすぐ加持祈祷にたよったのです。
その頃の僧が中国の医学を勉強していたようです。
その中に、三尸説があったものと考えられ、人間の身体の中には三尸という虫がいて人間を早死にさせようとして
庚申の日毎に人の寝ている隙をみて天に昇り、その人が日頃犯した罪を残らず天の神に告げる。
しかし、庚申の日に身を慎んで、徹夜をすれば、三尸は天に昇ることができないので早死にしないで長生きが
出来るといい、その徹夜を庚申待と名付けている。

最初は中国の三尸説やその信仰には馴染みにくいものでしたが、時間と共に日本化し猿田彦信仰などを取り入れ
一般化していったようです。 
※猿田彦大神=日本神話中、国津神の一人。 
瓊瓊杵尊(ににぎ)の降臨に際し、八衢(やちまた)まで迎え、高千穂へ案内した。
道祖神・庚申と習合し道案内の神として祭礼の先頭の鼻高面の姿で立つ。
日本書紀では、伊勢の五十鈴川上に鎮座し伊勢神宮との関係を説く。


      

      

 この庚申待だが、地元では「おかね様」と呼んでいます。
   現在は簡略化向きもありますが、流れは次の通りです。

   講に参加している組織は以前は十二軒のようでしたが、現在は十軒も無いのでは?
   庚申の日は、年に6回になりますが、現在は12月2日前後の一回だけです。
   集合は持ち回りで家を変えます。参加者は家族全員でしたが、戦後は夫婦での出席になったようです。

   軸は、猿田彦神(北谷地は三猿) 掛け軸は、その日の夜の内に次回の家に届けるそうです。
   供物と料理については昔から女衆が従ったが、現在包丁入れと言って男衆がする。
   しかし、地区にもよるのだろうが、女が準備しているようだ。

  ●お酒一升、盛飯、なんばん漬、里芋、白和え、(精進料理)

  ●勤行(ごんぎょう→仏教用語で作法(お勤め)ですね。=合掌して拝む(昔は神主を呼んでいた)

   食事のご飯は、大型のお椀で盛り飯にしその高さは10センチ〜15センチに盛って食事をします。
   もし食べない人は同型のお椀で三杯の酒を飲まされます。
   飯や酒を少しでも残すような時は生大根を三本食べさせられる掟になっています。
   どうも最近は、罰ゲームの様な掟は無いようですね。
   家人に聞いたのですが、お参りの時はとろろを食べてはいけないそうです。
   それは、とろろは神様の食べ物であるとし、食べると火事になると伝えられています。

   この行事は仙台市西部の折立に住む旧家の同僚も、ご飯を山盛りに盛っている行事を小さい頃に見たことがある
   言っておりましたが、現在は行われていないようです。

 他にも地区によって講が、色々あるのですが、主なものを上げますと

  ●古峯講【ふるみねこう】 (男) 代表者が古峯神社に参拝します。
    古峯神社(栃木県)は元々は古峯ヶ原(こぶがはら)と呼ばれ、修験者達の休息の地でした。
    関東・東北に古峯講中が多く存在します。 火伏の神としています。
    宮城の人は、「こばはらさん」と呼んでいます。

  ●相全講【そうぜんこう】 (男) 馬体の安全を祈り、馬や牛を労います。

  ●権現講【ごんげんこう】 (男) 月山・湯殿山・羽黒山の出羽三山を拝みます。
      これも、宮城県には多い講の一つです。

  ●山神講【やまがみこう】 (女) 通称、小牛田参りといいます。安産を祈ります。
      以前に紹介したブログの記事はこちらです。→山神社


 ふるらんとう

  聞き慣れない言葉ですが、これは古い御墓のことを指し、地元の人は「ふるらんとう」と呼んでいます。

  私は、この意味がよくわからず、調べてみました。
  「卵塔婆」から変化したものと思います。
  また「ふるらんば」という言葉もあります。
  合わせれば古卵塔婆(ふるらとうば)??になりますから古い卵塔婆! 辻褄が合いますね。

  卵塔婆とは、主に禅宗の僧侶の墓として建てられ卵型をした石塔を卵塔(無縫塔)というが、そこから墓や墓地を
  指す言葉として使われるようになったようです。

  「古卵塔」には、8月13日の朝にお参りすると決められていまして、私も一度しか行ったことがございません。
  今年行ければと考えています。

  長くなりましたのでこの辺で終了します。 冬になり雪深くなったため取材出来ないところがあります。
  それはブログの記事として残したいと思います。
      

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